横浜地方裁判所 昭和29年(人)2号 判決 1954年12月25日
主文
請求者の請求を棄却する。
被拘束者を拘束者に引き渡す。
手続費用は請求者の負担とする。
事実
請求者代理人は「被拘束者楊学義を釈放する」との判決を求め、その理由として次のとおり述べた。
一、拘束の事実関係
被拘束者は昭和二四年二月二三日連合国最高司令官の承認を受けることなくしてわが国に入国したところ、同二六年九月五日右不法入国の事実が発覚し、外国人登録令(昭和二二年勅令第二〇七号、同二五年政令第二二七号により改正)第一七条の規定により出入国管理庁東京出張所長入国審査官神保周三の発付した同日付外国人退去強制令書により同月二六日いつたん収容されたが、同月二八日執行一時停止の許可を受け釈放された。その後被拘束者は、執行停止期間の経過するごとに執行停止の許可を繰り返して受け、また出入国管理令(昭和二六年政令第三一九号、ポツダム宣言の受諾に伴い発する命令に関する件に基く外務省関係諸命令の措置に関する法律(昭和二七年法律第一二六号)による法律としての効力を有するに至つた)の施行された昭和二六年一一月一日以後においては、同令の規定による仮放免の許可を繰り返えして受け、最後に昭和二九年一〇月一日から同月三〇日までの期間を以て仮放免されたが、右期間経過後は仮放免の請求をなさなかつた。しかして被拘束者は、右仮放免中である昭和二八年一〇月二七日に外国為替及び外国貿易管理法違反被告事件により東京地方裁判所八王子支部に起訴され、その頃勾留状の執行を受け、昭和二九年三月二六日に保釈出所したが、さらに同年一〇月二八日関税法違反被疑事件につき逮捕状の執行を受け、次いで勾留され同年一一月八日右被疑事件については処分保留のまま横浜刑務所から釈放されたところ、同日午後六時三〇分頃同所において前記出入国管理令第五二条、同附則第五項の規定により入国警備官によつて前記外国人退去強制令書の執行を受け、一時横浜市水上警察署に収容されていたが、昭和二九年一一月一七日午後四時一〇分横浜市中区山下町一五七番地横浜入国者収容所に拘束され引き続き現在に至るまで釈放されていない。
二、しかしながら、右拘束は以下に述べる理由によつて不法である。
(イ)、日本国憲法第三三条及び第三四条は何人も現行犯として逮捕される場合を除いては、権限を有する司法官憲の発する令状によるが、少くとも司法官憲が関与する場合でなければ逮捕、抑留、拘禁等一切の人身の自由の拘束を受けないことを規定しており、右規定の適用されるのは刑事手続の場合にのみ限ると狭く解すべきではない。けだし社会生活上もつとも害悪の多い犯罪に対する刑事手続について憲法がまずこれだけの保障をなし、残余については法律に委任しておきながら、その他の場合の逮捕、抑留、拘禁については無制限に法律に委任して行政権の行使に委ねたものではないからである。しかるに被拘束者は司法官憲に非らずして法務大臣に隷属する行政官憲たる入国審査官の発した外国人退去強制令書によつて人身を拘束されているから、前記憲法の規定に違反する。
(ロ)、ことに前記外国人退去強制令書には終期が明示されていないし、また台湾政権も中共政権も香港政権も共に強制送還された者は受け取らない実情にあるため、事実上無期限に拘禁するに等しい結果となつていることは公知の事実であるが、このような無期限な拘禁は基本的人権を侵害するところが甚だ大であるといわねばならない。したがつて出入国管理令には形式的には法律としての効力を与えられているとはいえ、同令のうち退去強制令書による無期限の拘禁に関する部分は前記憲法の規定に適合しないから実質的には法律としての効力を有しないとせねばならない。
(ハ)、仮りに出入国管理令が有効であるとしても、被拘束者については前記の如く現在東京地方裁判所八王子支部に刑事手続が係属中であるから、同令第六三条第一項、(特に第五二条の規定を除外している)第二項の規定により退去強制令書を執行することができないものであるにもかかわらず、これを執行しているのは不法である。もし右規定を被告人が保釈となつた場合には当然退去強制令書の執行をして収容又は送還する旨の規定であると解し、保釈中の被告人を国外に退去させるとすればわが国の刑事裁判権をいかにするかについて明文がないことから不当である。さらに又仮りに送還をせず収容のみを行うとすれば、最高裁判所まで上訴したような場合には上告審確定までの期間収容を継続するという結果となり、而もこの収容期間は未決日数の通算の対象となし得ないのであるから、著しく基本的人権を無視することとなる。
以上何れの理由によつても本件拘束が不法であることは明らかであるから、被拘束者の釈放を求めるため本請求に及んだ。
三、なお拘束者は「本件は人身保護法により救済を請求することができる場合に該当しない」と主張するが、これは出入国管理令の前身である昭和二六年二月二八日政令第三三号不法入国者等退去強制手続令第一条第二項に「この政令の規定はいかなる場合においても人身保護法の規定に基いて救済を請求する権利を否認するものと解釈してはならない。」との注意規定が存していたことを無視した主張であつて失当である。
拘束者代理人は主文第一、二項と同旨の判決を求め、答弁として次のとおり述べた。
一、請求者が拘束の事実関係として主張する事実はすべて認める。
二、被拘束者は法律上正当な手続により拘束を受けているものであるから請求者の請求は失当である。以下請求者の主張に対して次のとおり答弁する。
(イ)憲法第三三条及び第三四条の規定は刑事手続に関する規定であつて、出入国管理令による不法入国者に対する退去強制令書の執行におけるが如き行政上の目的で人身を拘束する場合に直接関係ある規定でないことは解釈上明らかである。したがつて外国人登録令に基き入国審査官の発付した外国人退去強制令書を法律たる出入国管理令の規定により執行し拘束することはいささかも前記憲法の規定に違反するものではない。
(ロ)次に外国人退去強制令書に基く収容は「送還可能のときまで」のものであり(出入国管理令第五二条第五項)、且つ現在台湾、中共、香港各地区とも送還の途が拓かれつつあり、既に相当数の強制送還者が受け入れられた事実もあるのであつて、退去強制令書に終期の明示がなくてもそれ自体をもつて基本的人権を侵すものとなすことはできない。
(ハ)さらに出入国管理令第六三条第一項の規定は、外国人が刑事訴訟に関する法令その他の法令の規定により現にその身柄を拘束されている場合には、出入国管理令の規定により、その者を収容又は送還することができないことを前提とし、その場合においても退去強制の手続として外国人退去強制令書を発布するまでの手続をすることができる旨の規定であり、同令第六三条第二項の規定は、右第一項の規定に基き退去強制令書が発付された場合には、刑事訴訟に関する法令その他の法令の規定による手続による身柄の拘束の状態が終了した後、従つて保釈になつた場合には当然退去強制令書の執行をして収容又は送還するものとする旨の規定である。故に目下保釈中の被拘束者に対し、出入国管理令第五二条の規定により退去強制令書を執行し、同人を拘束しても、これをもつて不法な拘束ということはできない。
三、なお人身保護法により救済を請求することができるのは、法律上正当な手続によらないで身体の自由を拘束されている者で、その拘束又は拘束に関する裁判もしくは処分が権限なしにされ、又は法令の定める方式もしくは手続に著しく違反していることが顕著である場合に限りこれをすることができるのであつて、被拘束者の本件請求はこの場合に該当しないことは前述したところにより既に明らかであるから、この点からも棄却を免れないと考える。
(疏明省略)
理由
被拘束者(請求者)の拘束の事実関係については当事者間に争がない。よつて以下請求者の主張する(イ)、(ロ)、(ハ)について順次判断する。
(イ)の主張について。憲法第三三条及び第三四条の規定が刑事手続に関する規定であると解すべきことは、広く人身の自由を保障する憲法第三一条の規定が別に存すること、同法第三三条の文言に「現行犯」、「犯罪を明示する令状」等の字句が存すること及び同法第三四条は前条が身体の自由に対する拘束の開始たる逮捕についての保障を規定しているのをうけて、これに続く拘束の継続たる抑留拘禁についての保障を規定していることなどからみて明らかである。したがつて本件の如き行政上の目的を達するためになされた退去強制令書による収容には憲法第三三条、第三四条の適用はないといわねばならない。しかして被拘束者の拘束が法律たる効力を有する出入国管理令の規定により、法律上正規な方式、手続を経て行われたことは当事者間に争がないから、請求者のこの主張は採用することができない。
(ロ)の主張について。成立に争のない乙第五号証によれば、昭和二七年四月二八日より同二九年一〇月一日までに中国本土に三十六名台湾及び香港に二百三十三名合計二百六十九名の中国人が退去強制令書の執行により強制送還された事実が認められ、現在においては、台湾、中共、香港各地区とも強制送還の途が拓かれているといいうるから、退去強制令書に基く収容の期限である「送還可能のとき」(出入国管理令第五二条第五項)が、請求者主張の如く事実上無期限に等しいものであるとなすことはできない。してみると、退去強制令書に収容の終期が記載されていなくても、これをもつて同書による拘禁に関する規定が著しく基本的人権を侵害し、憲法に違反する無効の規定であるとする請求者の主張は失当というほかはない。
(ハ)の主張について。出入国管理令第六三条第一項の規定は刑事訴訟法その他同条項に定める手続が行われ、現にその身柄が拘束されていることを前提とし、そのような場合にあつても退去強制の手続として同令書を発付するまでの手続をなしうる趣旨の規定であることは、同条項に収容、退去強制令書の執行及び送還先に関する規定の準用が除かれていることからみて明らかである。したがつて本件につき被拘束者の収容が右条項に違反するという請求者の主張は適切でない。次に同条第二項に規定されている「刑事訴訟に関する法令の規定による手続」というのは、刑事訴訟に関する法令による手続のうち、身柄拘束に関する手続のみを指すものと解するを相当とする。けだしこのことは右の文言が、刑の執行に関する法令、少年院在院者の処置に関する法令と並べて規定されていることから容易にうかがわれ、また同項但書には刑の執行中においても検事総長等の許可を得れば、退去強制令書を執行することができる旨を規定しているところからみても、同条第二項は現実に外国人の身柄が拘束されている場合を対象として規定されたものと解せられるからである。したがつて、すでに刑事訴訟手続における身柄拘束をとかれた被拘束者に対しては右条項は適用がないといわねばならない。(なお退去強制令書による拘束は送還を目的とし、外国人の退去の実現を確保するために行われる特別の保全処分と解すべきであり、これをもつて刑事手続における未決拘禁と同視すべきではなく、その収容期間も前述の如く基本的人権を無視する程長期に亘るものとは考えられない)されば右規定をもつて請求者主張のごとくいやしくも刑事訴訟事件が係属する限り保釈中であると在宅中であると否とを問わず退去強制令書の執行を一切禁ずる趣旨のものと解することはできず、したがつて刑事訴訟事件が係属し保釈中の被拘束者に対して退去強制令書を執行することが違法であるとし、これを前提とする請求者の主張もまた採用することができない。
以上の如く請求者の主張は何れもその理由がないから、その余の点について判断するまでもなくこれを失当として棄却し、被拘束者を拘束者に引き渡すべきものとし、手続費用については人身保護法第一七条、民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。(昭和二九年一二月二五日横浜地方裁判所第三民事部)